松崎駅―夜の松崎駅

(山陰本線・まつざき) 2011年7月

 温浴施設からいったん、駅に帰ってきた。次は食事だが、その前にいったん荷物の整理と入浴後の休憩をしよう、と。7月半ばとあって、夜になっても蒸し暑く、せっかくのさっぱり感が早くも台無しになってしまう。しかし肌は復活してるはずだし、効果は或る程度継続するだろう、と。旅なんてたいていこんなもんだ。

温泉から帰ってきて
松崎駅その1.
駅名表示に灯りが欲しかった
松崎駅その2.

 日はとうに暮れて、夜の松崎駅は別人みたいになっていた。人っ子一人いやしない。夜が早いなぁと思いつつ、駅構内をしばし彷徨った。

米子方
この微妙なあわーい水色がいい
置き傘があります
戦前ですね
旅館の広告も雰囲気変わったなぁと
しかし生き残りを果たせているのは凄い
松崎駅その3.

 さて、食料を買いに行こう。また湖の方まで出て、ポプラに行く予定。店内炊飯のカレーを買って、駅で食おうという計画だ。こんなときほど、ポプラのサービスが必要なときもない。
 いきし、たまたま、寿湯を見つけた。地元専用で、旅人は断られるとか、いやそんなことはないとか…たしかに相当見つけづらく、昔の広いたたきの商店みたいな感じで、カーテンもかかっているので、入りにくい雰囲気。しかし明かりは、ついていて、引き戸もちょっと開いている。おっと、みなさん、勘違い厳禁、あくまで普通の浴場だ。料金は200円と、さっき入ったところと同じだった。しかし温泉好きなら、こんなところにはぜひ入りたいものなのだろうなぁ、と。いかにもそんな佇まいだ。

コープ東郷店
ここが地元専用といわれる寿湯
洗髪料が別途設けられていました
ここはほんと見つけづらいかも
ザ・喫茶店
歩いてポプラに到着

 ポプラは東郷町の都会的なスポットだった。揚げ物や弁当が食える。揚げ物というのは、昔からステータスがあった。それはハイテクと同じだけの力を子供心に感じたものだ。
 店内は白く、迷うことなくカレーセットを手に取り、レジへ。そして大盛りにご飯をよそってもらった。食える自信はあった。ルーが足りないかもしれないが、それでも食い切る自信があった。今日も一日ほとんど何も食べてないのだから。

 店内から出て、この店の立地にすっかりうっとりしてしまった。店は湖のきわにあって、駐車場が回しつけられており、そこからのレイクビュー、温泉旅館灯る夜景に目を奪われた。「なんとホマンティークな…」 案の定、若人がそのへんにヤンキー座りして、談笑している。確かに、そんなことがしたくなるような立地だ。訪れたバイカーも、誘われるように近づき、思わずシャッターを切ってしまうだろう。青春とコンビニ、それはあまりに通俗的すぎて、新海誠くらいしかうまく描けない感じがするが、そんなものと無縁な自分ですら、ここではいつの間にか、その青春の群像の一部に、加えられる ― 気が付かぬうちに、映画の一刹那を象ってしまった感じだ。
 ほんというと、ここで食ってしまいたかったが、やはり暑くて落ち着かないので、パス。

ほんと駐車場が湖岸で、不思議なロケーションだった
こんなロケーションのコンビニに、越前のファミリーマート+ハーツ 河野北前船主通り店がある
ただ海が近いだけじゃなくて、独特の雰囲気というか…
東郷池

 とにかく鉄道旅では歩く、歩く。そして歩いて、また駅へ。人がいたら食えないな、ホームの端で食うかとか考えつつ入ると、そこはやはりがらんどうで、ただ時計の針が夜8時を指そうとしているだけだった。誰も自分に関心を払う人はいない。ここまで自由放任にされると、自分が死んでしまったみたいだ。
 さぁ…カレー食うか、と思うが、なんか駅舎は広すぎて、白々していて…それでホームの待合室に移動した。

炭酸水と玉子パンとカレー

 それにしても、どこに行っても、暑かった。ただ涼しいのは、ホームを歩いて、自分で風を起こしているときだけだ。だからつい歩き続けてしまう。しかしそうしてもおれんので、待合室に鎮座。そのとたん、やはり、「暑い」。虫も来る。こんなとこでカレー食うんかよ…正直、なんかすごくしんどかった。清涼飲料水の飲みすぎも、胃を悪くしていた。しかし、「いただきま~す」。たぶん今食べないと斃れてしまうだろう。

ポプラの店内炊飯、大盛カレーです

 暑さで疲弊していて、うまいとかどうとかわからなかった。というか、いきなりキツい人工物が体に固体として入ってきた感じだ。やはり胃を悪くしている。  白飯はかなり余って、食べるのに苦労した。食べ終わったころにはもうせっかくの風呂の効果は完全消滅である。でも一回入っておくのとそうでないとでは、だいぶ違うだろうと思おうとする。
 それにしても…アルミボディの軽快な特急気動車の通過は耳がおかしくなるんじゃないかというくらいにうるさい。レールとレールの継ぎ目を、ガタタタン!ガタタタン!ガタタタン!ガタタタン!ガタタタン!ガタタタン!ガタタタン! とこんなあんばいだ。ほんとにこんなんでいいんだろうかと思わず周囲を見回してしまう始末。正直これはちょっと考えた方がいいだろう。何はともあれ、いろんなことで体力がそがれるな、と。けれど今の自分には、こんなことくらいは容易に乗り越えられそうだった。

こうやって長く使われるのはいいですね

 食い終わって、なんかほっこりした。とかく、じっとしていていると暑いし、また、異郷の地であることもあって、ホームを歩く。
 駅舎内には、何枚か古い写真があった。駅前で日の丸を大勢の人が掲げている写真、そして、汽車の写真だ。いずれも戦前のもので、どんな駅もこんな歴史を歩んだといえるものだ。しかし、ふと、この人たちはいったいどこに行ってしまったのだろう、と。実際、大日本帝国は滅びたのだから、別の国の人のように感じてもおかしくはないだろう。あるいは、顕在化しないDNAとして、今も我々にはどこかで受け継がれているのだろうか? いずれにせよ ― この駅の建物も駅の位置も、当時とは変わっていない、ということだ。そんな駅ばかりを好んで訪れていると、あの時代と今は、地続きだという想念に侵食されてくる、いや、そうして侵食されるために、自分は旅を続けているんだ。駅はこともなげに、かつての時代と、今と、そして自分とをつなぎ合わせる。今は、駅旅人の自分が、当時は貴重で高雅なインフラだった鉄道の駅で、カレーを食っている。僕はここでコンビニのカレーを食うことで、駅の過去を弔う。大丈夫、君たちがしたかったことは、僕が今している。それはかつての世界様々な支配的シンボルの建築を、ただの一般人の住宅にするが如く、或いは、古墳が宅地に削りとられて、誰もそれと知らず、住み続ける、そんな感じに等しい。
 今や監視の目はない。西国は江戸期のように、より一層、自由だ。西日本に行くべきところなし、田舎なり、というプロパガンダを誰かが流す。しかしそれはむしろダブルミーニングにも"西側"が流しているのかもしれない。僕の自由はむしろそのネガティブキャンペーンによって、支えられていよう。本当にいいところというのは、あまり褒めないようにするものだ。

この時代と、今の時代は、地続きだ
間違える人がいるんですね
ほんとどこを歩いても暑かった

 駅前に出て、ぼんやり眺める。別に誰もいない。たまに犬の散歩の人が通るくらいだ。あるいは、ある民家の軒先で、ん、ほな、またこんど、といったような別れの言葉が、甲高く交わされ、戸がガラガラっと閉まる音が響くばかりだ。駅には誰もやってこない。
 ここに今日来たときにいた、かき氷を倒したのは自分じゃないと目で訴えてきたあの女子高生はもういない。また、まさにこれを求めていたというような、東郷温泉の歓迎門や、ロータリーの松などは、すっかり闇に取り囲まれている。歓迎門がぼんやりと暖色球を燈しているのを僕は目に焼き付けようとする。いったいこの門は今、誰をいざなっているのだろう? 夜に温泉を訪ねた者の不安な心を唯一助けてくれるのは、この門だろう。この蒸し暑さすら、そんなときの心細さを助けてはくれない。そして今はこの門はこうして、僕に旅情を与えてくれているのである。
 かっては温泉帰りの浴衣姿の人などがそぞろ歩きし、軽食やドリンクなどを買い求めたであろうか。

 ホームに入ると、暗がりと明るみの狭間で、クワガタが歩いているのが目に留まった。まさかこんな駅の住人がいたとは。ホームに足をぶら下げて、終わりかけた夏祭りのかき氷を食いながら、クワガタをいじるを想う。しかしその主人公は、そんなに遠出をしない。たった数駅間の車窓を、何度も眺めて、自分の人生の旅を歩むような、そんな人のような気が僕にはしていた。
 クワガタは酔っ払いみたいに、ホームのふちをゆらりゆらりとしていて、少々不安に思えた。  少年は決まってクワガタに力を見出す。  剛性の高い朱色の気動車がどっしりと静かに入線し、夜のしじまを破った。三江線の川戸駅に見たときと比べると、確かに何か本線だった。

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